「経理にAIを使いたいけれど、お金の数字を間違えられたら困る」——研修やセミナーで経営者の方から、よく伺う声です。もっともな心配で、私自身もAIに帳簿を任せきりにはしていません。
一方で、当社では毎月の経理の「確認」にAIを使っています。税理士事務所が作ってくれた月次の仕訳(取引を帳簿に記録したもの)を、AIに過去の月と突き合わせさせ、おかしな点の候補を出させる使い方です。本記事では、この手順を中心に、経理でAIを使うときの考え方を整理します。
経理のAI活用は「入力」から「確認」へ
経理の効率化というと、まず思い浮かぶのは入力の自動化です。ただ、ここはすでに会計ソフトがかなりの部分を担っています。銀行口座やクレジットカードの明細は自動で取り込まれ、領収書は写真を撮れば読み取られ、交通系ICカードの利用履歴も連携できます。当社もクラウド会計ソフトを使っており、入力の手間は大きく減りました。
その結果、残っている手間は「入ったものが正しいかの確認」です。自動で取り込まれる量が増えるほど、科目の付け間違い、連携設定のずれ、計上の漏れも、自動で増えていきます。そして確認は、件数が多いほど人の目が行き届かなくなる作業です。
生成AIは、ここで力を発揮します。大量のデータを同じ基準で比べ続けることは、人より得意だからです。
AIに任せやすい経理の作業4つ
当社で実際に使っている、または研修で扱っている作業を、任せやすい順に並べます。
1.領収書の読み取りと、ファイル名・一覧の整理
領収書の画像やPDFをAIに読ませて、「日付_支払先_用途_金額」の形にファイル名をそろえ、一覧表にまとめる作業です。経費精算のために集めた領収書が「IMG_1234.jpg」のまま並んでいる、という状態はよくあります。ファイル名がそろうだけで、後から探す手間が大きく変わります。
2.経費規程との照合
社内の経費規程(何をいくらまで経費にできるかのルール)をAIに読ませたうえで、領収書の一覧を照らし合わせ、「規程に合っている」「確認が必要」に分けさせる使い方です。判定の理由と、該当する規程の条文も一緒に書かせると、確認する人が根拠をたどれます。
3.月次の仕訳チェック
本記事の中心です。今月の仕訳を過去の月と比べて、いつもと違うところを探させます。詳しい手順は次の章で説明します。
4.わからない仕訳・科目・画面操作の相談
「この支払いはどの勘定科目(費用の分類)にするのが一般的か」「会計ソフトのこの画面で何を選べばいいか」を、AIに相談する使い方です。専門家に聞く前に、自分で理解するための補助として使います。ただし、税金の扱いが絡むものは、AIの回答を鵜呑みにせず、最終的に税理士に確認します。
AIが行う
- 領収書・明細の読み取りと一覧化
- 過去の月との突き合わせ
- 規程や方針に照らした「要確認」の洗い出し
- 指摘リストの下書き
人が行う
- 証憑(領収書・請求書の実物)での裏取り
- 勘定科目・税区分の確定
- 帳簿の修正(税理士事務所または担当者)
- 迷った科目の方針を決めて記録する
月次仕訳をAIでチェックする5つの手順
当社では、税理士事務所から「今月分の記帳が終わりました」と連絡を受けたら、次の手順でチェックしています。会計ソフトのデータは、AIが直接読み取れる仕組み(会計ソフト会社が公式に提供している接続機能)を使っていますが、仕訳をCSVファイル(表計算ソフトで開ける形式)で書き出してAIに渡す方法でも、考え方は同じです。
手順1:今月と、比較用の過去2ヶ月分を用意する
1ヶ月分だけを見ても、何がおかしいかは分かりません。比べる相手として、直前2ヶ月分の仕訳もそろえます。
手順2:支払先ごとに、4つの観点で突き合わせる
AIに、支払先ごとに月をまたいで比べさせます。見る観点は次の4つです。
科目のブレ
同じ支払先なのに、月によって勘定科目が違う
計上の漏れ
前月まで毎月あった定期の支払いが、今月はない
初めての支払先
今月初めて出てきた支払先。新しい契約か、単発の費用か、科目の初期設定の誤りか
二重計上の候補
同じ内容・同じ金額の仕訳が、複数回入っている
手順3:「本来ゼロに近づく科目」の残高を見る
仮払金(使い道が決まる前に払ったお金)、預り金、立替金など、処理が終われば残高が消えるはずの科目を確認します。売掛金(請求済みで未入金のお金)は、入金予定日を過ぎても残っているものに注目します。ここに残高が残っているものは、たいてい何かの処理が途中で止まっています。
手順4:疑わしいものは、証憑に当たる
AIが出した候補は、領収書や請求書の実物で裏を取ります。当社では、海外のITサービスの領収書を全期間分まとめてAIに読ませ、インボイスの登録番号(消費税の控除に関わる事業者番号)の有無と税額を一覧にして、帳簿と照らし合わせました。その結果、同じ条件のサービスなのに、帳簿上の消費税の扱いがそろっていない箇所が見つかりました。
手順5:指摘リストにまとめて、税理士事務所へ返す
見つかったものは「仕訳の番号・日付・現在の処理・あるべき処理・根拠」の形で1件ずつ書き出し、事務所へ返します。帳簿の修正そのものは、AIにも自分にもさせず、事務所にお願いしています。理由は後の章で説明します。
自社の経理のどこにAIを入れられそうか、業務の流れを伺いながら一緒に整理することもできます。
30分無料相談を見る →AIが実際に間違えた3つの例
このチェックを初めて回したとき、AIは「おかしい」という報告を3件、誤って出しました。いずれも後から訂正できましたが、経理でAIを使うときの注意点がよく表れているので紹介します。
入金の滞留
「売掛金が2ヶ月以上入金されていない」と報告。実際は、請求書の支払期限がまだ来ていなかった。取引日だけを見て、支払期限を見ていなかった
二重計上
「入金が二重に記録されている」と報告。実際は、片方が「入金予定」として登録された仕訳だった。データの区別を見落としていた
消費税の扱い
「このサービスは消費税を請求していない」と報告。実際は、途中の月から請求が始まっていた。古い領収書1枚だけで判断していた
3件とも、私が「これはどういうこと?」と問い返したり、領収書を全期間分集め直したりした段階で結論が変わりました。ここから言えるのは、AIの出力は「調べるべきリスト」であって「結論」ではないということです。AIは疑わしい候補を大量に出すのは得意ですが、確定させるには証憑と、前後の事情を知っている人の目が要ります。
経理でAIに任せてはいけないこと
当社で決めている線引き
- 帳簿への書き込み(仕訳の登録・修正)をAIにさせない:会計ソフトによってはAIから仕訳を登録できるが、使わない
- 勘定科目・税区分の確定は人が行う:AIは候補出しまで。税金の判断は税理士に確認する
- 入れてよい情報を決めてから使う:取引先名や金額を扱うため、学習に使われない設定の契約プランで使う
1つ目の線引きには、きっかけがあります。以前、AI経由で調整の仕訳が2件、帳簿に登録されていたことがありました。金額も内容も正しいものでしたが、税理士事務所から見れば「誰が何のために入れたか分からない仕訳」です。帳簿はあとから第三者が見る正式な記録なので、正しい内容でも、出どころの分からない記録が混ざること自体が問題になります。それ以来、AIには読ませるだけにして、直したいものは指摘リストにして事務所へ渡す運用にしています。
3つ目の情報の扱いについては、生成AIのセキュリティ対策で、契約プランの選び方と入力してよい情報の決め方をまとめています。AIに任せてよい仕事と人が判断すべき仕事の線引きの考え方は、不動産会社のAIエージェント活用の記事でも扱っています。
今月から始める3ステップ
いきなり会計ソフトとAIをつなぐ必要はありません。次の順で小さく始められます。
- 領収書のファイル名をAIでそろえる:今月分の領収書の画像をAIに読ませ、「日付_支払先_用途_金額」に名前を付け直す。帳簿に触れないので、失敗しても損害が出ない
- 今月と先月の仕訳を並べて、違いを聞く:会計ソフトから2ヶ月分の仕訳を書き出し、「支払先ごとに比べて、科目が違うもの・先月あって今月ないものを挙げて」と依頼する
- 迷った科目の方針を、1つのメモに残す:チェックで「これは正しい」と確定したものを記録し、毎月AIに先に読ませる。同じ指摘が毎月繰り返されなくなる
3つ目は見落とされがちですが、効果が大きい作業です。当社でも、毎回「間違いでは?」と見えて実は正しい科目の扱いを方針メモにまとめてから、指摘の空振りが減りました。社内の判断基準を言葉にして残す考え方は、不動産会社の事例ですが社内ナレッジをAIで共有する方法とも共通しています。
まとめ:AIは「疑わしい候補」を出す係
中小企業の経理で、生成AIがいちばん役に立つのは、入力ではなく確認です。過去の月と突き合わせて「いつもと違うところ」を洗い出す作業は、件数が増えるほど人には難しく、AIには向いています。
ただし、AIの報告は結論ではありません。証憑で裏を取り、科目と税区分は人が確定し、帳簿の修正はAIにさせない。この線引きを先に決めておけば、経理は「AIを使うのが怖い業務」から「AIで見落としを減らせる業務」に変わります。
今月できるのは、領収書のファイル名をAIでそろえることと、2ヶ月分の仕訳を並べて違いを聞いてみることです。
社員の方が自分の業務でAIを使えるようになるための研修内容は、AI人材育成集中研修のページにまとめています。
よくあるご質問
経理の数字をAIに読ませても大丈夫ですか?
入力した内容がAIの学習に使われない設定の契約プランを選び、社内で入力してよい情報の範囲を決めてから使うことをおすすめします。そのうえで、AIには読み取りと候補出しだけを任せ、帳簿への書き込みはさせない運用にすると、間違いが帳簿に入り込む心配も抑えられます。
税理士に記帳を頼んでいても、AIでチェックする意味はありますか?
あります。事務所の方も、すべての取引の背景までは把握できません。契約を解約した、支払い方法を変えた、個人で立て替えた、といった社内の事情を知っているのは会社側です。AIで「いつもと違うところ」を洗い出し、社内の事情と照らし合わせて事務所に伝えると、記帳の精度が上がります。
どのAIを使えばよいですか?
ChatGPT・Gemini・Claudeなど、標準的な生成AIのいずれでも、領収書の読み取りや仕訳データの突き合わせはできます。特別な経理専用ツールを新しく契約する前に、まずは社内で契約しているAIで、書き出したデータを使って試してみてください。
AIが出した指摘は、そのまま税理士に送ってよいですか?
そのまま送るのはおすすめしません。AIは日付や支払期限、データの区別を見落として、正しいものを「おかしい」と報告することがあります。領収書や請求書の実物で裏を取り、確かに直すべきものだけを指摘リストにしてから送ってください。