「有料版を契約して、全員にアカウントを配りました。説明会もやりました。でも3ヶ月たって、日常的に使っているのは数人だけなんです」——AI研修の打ち合わせで、いちばん多く伺う相談です。業種は関係ありません。不動産会社でも、士業の事務所でも、同じ形で起きています。
このとき会社が打つ手は、たいてい「もう一度研修をやる」か「活用事例を社内で共有する」です。ところが、それで動くのは一部の人だけで、残りの人はやはり使いません。理由は単純で、使わない人の「使わない理由」が、人によってまったく違うからです。本記事では、支援先で実際に使っている見立て方と、定着までの手順を整理します。
なぜ「配って説明会」だけでは定着しないのか
表計算ソフトであれば「集計にはこの機能」と使い道が決まっています。生成AIはそうではありません。何に使うかを、使う本人が考えなければならない道具です。そのため配っただけでは、自分で使い道を思いつける人だけが使い、それ以外の人は開かないまま、という状態になります。
説明会や一般的な研修は「使い方」を教えます。しかし、止まっている原因が使い方にない人には効きません。
そこで当社の支援では、定着を次のように定義しています。
定着していない
詳しい一部の人が、思いついたときに使っている
定着している
毎週発生する業務の中に、一人ひとり「ここはAIを使う」という場面が1つ以上決まっている
目標は「全員が何にでも使う」ではなく、一人ひとりに決まった使いどころがあることです。
「使わない人」は6つに分かれる
支援先では、使っていない人の状態を次の6つに分けて見立てています。1人が2〜3個を同時に抱えていることも珍しくありません。
1.使い道が浮かばない
「うちの仕事には関係ない」「何に使えるんですか」と口にするタイプです。他社の事例を見せても、自分の仕事に置き換えられないので動きません。効くのは、その人が今週やる業務そのものでの実演だけです。
2.AIの前後の操作で止まっている
最も見落とされやすいタイプです。AIの画面には入力できても、出てきた文章をコピーして貼り付ける、ダウンロードしたファイルを探す、Word・Excelで整える、といったAIの前後の操作で手が止まっています。「AIが使えない」のではなく「AIの前後が使えない」ので、AIの使い方をいくら教えても解決しません。先にこちらを個別に埋めます。
3.時間が読めない
慣れたやり方は、何分で終わるかが分かっています。AIは速いかもしれませんが、何分かかるかが分かりません。締切のある仕事で慣れたやり方を選ぶのは、実はとても合理的な判断です。外から見ると「やる気がない」に見えるため誤解されやすく、処方は後述の手順4です。
4.口に出せない不安がある
「自分で書かないとズルをしている気がする」「使いこなせないと思われたくない」「効率化しても仕事を増やされるだけ」「人を減らす準備ではないか」——こうした不安は、本人の口からはまず出てきません。多くの場合「忙しい」「必要ない」という言葉に置き換わります。アンケートで「ルールが気になる」「壊しそうで怖い」という回答が多いときは、その裏にこちらが隠れていることがあります。
5.会社側の環境が整っていない
部署で1つのアカウントを共有している、何を入れてよいかのルールが分からない、練習する時間が業務時間内にない、現場に出ていて日中パソコンの前にいない。これらは本人の問題ではなく会社側の整備事項です。
6.使わないのが正しい
熟練した担当者が慣れた業務をこなす場合、AIを挟むとかえって遅くなることがあります。法律で本人が行うと決められている業務(宅地建物取引士による重要事項の説明など)もあります。このタイプは直す対象ではありません。
見立てで間違えやすいところ
- 3・4・6は、外から見ると同じ「使わない」に見える。誤診が起きやすいのはこの3つの間
- 「時間が読めない」人に心理面の励ましをしても動かない。「口に出せない不安」がある人に操作を教えても動かない
- 「使わないのが正しい」人に使用を迫ると、周囲の信頼まで失う
社内の「使わない理由」がどのタイプに当たるか、状況を伺いながら一緒に見立てることもできます。
30分無料相談を見る →定着させる5つの手順
6つのタイプを踏まえて、支援先で進めている順番です。上から順に効いていきます。
手順1:経営者・管理職が先に使い、使っていると公言する
上司が使っていない職場では、部下にとってAIを使うこと自体がリスクになります。「AIで下書きを作りました」と言っても評価が下がらないことを、上の立場の人が自分の行動で示すのが最初の一手です。
ただし、立場が上がるほど社内で気軽に聞ける相手は減ります。部下の前で基本的な質問をするのは抵抗があるものです。そのため役員・管理職は社員と同じ研修に混ぜず、別の枠で進めるほうがうまくいきます。外部の講師と1対1で「壁打ち」する形は、この層に向いています。
手順2:会社として3つのことを先に宣言する
「口に出せない不安」は、本人に聞いても出てきません。会社側から先に言葉にして、不安の置き場所をなくします。
- AIを使うのは正当な仕事のやり方である:「ズル」ではないと会社として明言する
- 入れてはいけない情報は、この3〜5項目:長い規程より、紙1枚の短いリストのほうが手が止まらない。あわせて、業務ごとの最終責任者を決める
- 人を減らすためには使わない。浮いた時間は〇〇に使う:浮いた時間の行き先を先に決めておかないと、効率化は本人にとって「仕事が増えるだけ」になる
入れてよい情報の決め方や、契約プランの設定は生成AIのセキュリティ対策にまとめています。
手順3:本人の業務で、最初の1回を成功させる
「使い道が浮かばない」人には、他社事例ではなくその人が今週やる業務を題材にします。横について一緒に1回やり、うまくいった状態で終えることが大切です。最初の1回で失敗すると「やっぱり自分には無理だった」という記憶が残ります。
手順4:締切のない業務で練習し、型にしてから実務に入れる
「時間が読めない」問題への処方です。締切に追われている業務で、所要時間の読めない方法を試させてはいけません。まずは社内向けの文書や、架空のデータを使った練習など、失敗しても損害が出ない場所で慣れてもらいます。
そのうえで、よく使う依頼文を「業務の言葉を埋めるだけ」の型(テンプレート)にして共有します。毎回ゼロから考える状態では、いつまでも所要時間が読めません。型があれば時間が読めるようになり、実務に入れられます。練習時間は業務時間内に確保してください。「空いた時間に各自で」は、ほぼ成立しません。
手順5:「使わなくてよい業務」を明言し、使う場面を1人1つ決める
全員に全業務での利用を求めると、かえって反発が強まります。先に「この業務は使わなくてよい」と会社が明言すると、不思議なことに強制されないと分かった人から試し始めます。
そのうえで、毎週発生する業務の中から、一人ひとり「ここはAIを使う」という場面を1つだけ決めます。確認は、月に1回「どの業務で使ったか」を聞く程度で十分です。研修の前後のつなぎ方はChatGPT研修ワークショップの進め方でも扱っています。
「使える」の基準を3段階でそろえる
「全員がAIを使えるようにする」と言っても、「使える」の中身は人によって違います。社内で共通のものさしがないと、推進の進み具合も測れません。当社では次の3段階にそろえています。
初級:聞ける
調べもの・要約・言い換えを、検索の代わりにAIに頼める。自分の業務の話をAIに相談したことがある
中級:作らせて直せる
メールや資料の下書きをAIに作らせ、自分で仕上げられる。出てきたものの間違いに気づき、どこを直したかを説明できる
上級:仕組みにできる
繰り返しの作業をAIで仕組みにし、自分以外の人も使える形で渡せる
全員が目指すのは中級までで十分です。上級は各部署に1人いれば回ります。上級の入口として、非エンジニア向けのClaude Code研修の中身はこちらの記事で紹介しています。
なお、初級の手前、パソコン操作そのもので止まっている方もいます。ただしこの段階を「レベル0」として表に載せることはおすすめしません。名指しされたように受け取られるためです。表には載せず、個別の支援で埋めていきます。
推進担当者を置くときの注意
社内にAI推進の担当者やチームを置く会社は増えています。そのときに注意したい点が2つあります。
1つ目は、詳しい人に作業依頼が集中することです。上級者が「便利な人」として他部署から依頼を受け続け、本来の業務が回らなくなる例を実際に見てきました。担当者の役割は「代わりに作ってあげる人」ではなく「他の人が使える形にして渡す人」だと、最初に決めておきます。
2つ目は、社内の担当者を矢面に立たせすぎないことです。同僚に利用を促し続けるのは角が立ちます。支援先では、外部の講師が前面に立って方針を示し、社内の担当者は補佐と日常の相談役に回る形を取ることで、担当者の負担を抑えています。担当者の人選そのものについてはAI導入でつまずく5つのパターンで詳しく扱っています。
定着を遠ざける、よくある打ち手
善意で始めたのに、かえって使う人を減らしてしまう打ち手があります。
おすすめしない進め方
- 利用回数のランキングを社内に公表する:使っているところを見られたくない人が、さらに離れる
- 全員に同じ研修を一律に当てる:6つのタイプのうち、効くのは1つか2つだけ
- 浮いた時間に、すぐ別の仕事を積む:効率化が本人にとって損になり、次から隠れて使うか、使わなくなる
- 定着しないからと、別のAIサービスを追加する:まずは契約中の標準的なAIを使いこなせているかを見直す。ツールを増やすほど、使われないまま費用だけが残る
まとめ:一律の研修から、人ごとの見立てへ
生成AIが社内に定着しない原因は、ツールの性能でも社員のやる気でもなく、使わない理由が人ごとに違うのに、同じ手を一律に打っていることにあります。
まずは社内で使っていない人を思い浮かべ、6つのタイプのどれに近いかを見立ててみてください。そのうえで、経営者・管理職が先に使うこと、会社として3つの宣言を出すこと、本人の業務で最初の1回を成功させることから始めます。今週できるのは、自分自身が1回使って、それを社内で口にすることです。
研修と社内推進の支援内容はAI人材育成集中研修のページにまとめています。
よくあるご質問
生成AIが社内に定着するまで、どのくらいかかりますか?
人数と業務によって変わるため一概には言えませんが、当社の支援では、全員が「作らせて直せる」段階に届くまでを半年〜1年で計画することがあります。期間よりも、毎週の業務の中にAIを使う場面が決まっている人が何人いるかで進み具合を見てください。
研修を受けたのに、社員が使わないのはなぜですか?
止まっている原因が「使い方」以外にあるためです。AIの前後のパソコン操作で止まっている、時間が読めないので締切のある仕事では使えない、使っているところを見られたくない、会社のルールが分からない、といった原因には、使い方の研修は効きません。先に原因を見立ててから手を打ちます。
ベテラン社員が使いたがらない場合はどうすればよいですか?
熟練した業務では、AIを挟むとかえって遅くなることもあるため、無理に使わせる必要はありません。代わりに、その方の判断基準や手順を言葉にする作業に協力してもらうと、社内の若手がAIを使うときの材料になります。ベテランの経験は、使う側より渡す側で活きることが多いです。
社員向けのAI研修に助成金は使えますか?
要件を満たせば、人材開発支援助成金の対象となり得ます。支給の可否は労働局の審査により決定されます。また、申請手続きの代行は社会保険労務士へご相談ください。制度の概要は当サイトの助成金に関するコラムにまとめています。