「去年AIを導入したのですが、正直あまり変わっていません」——不動産会社の経営者から、こう切り出される場面が増えました。詳しく伺うと、アカウントは全社員分契約してある、社内説明会も一度は開いた、それでも半年経って日常的に使っているのは1人か2人、という状態です。
興味深いのは、この「使われないまま止まる」という状態が、会社の規模も扱う商材も違うのに、多くの場合、同じ5つの形で起きることです。裏を返せば、先回りして手を打てる部分が多いということでもあります。本記事では、その5パターンと対策を整理します。
「入れたのに使われない」はなぜ起きるのか
この状態はしばしば「社員のITリテラシーが追いついていない」と説明されます。ただ、実際に現場を覗くと、詰まっているのは社員の側ではなく、その手前の会社としての始め方の設計であることがほとんどです。
生成AIは、表計算ソフトや業務システムとは性質が違います。入れた瞬間に処理が自動化されるものではなく、何をどう任せるかを人間側が決めて、はじめて動く道具です。ここを「便利なツールを配れば各自が使い方を見つけるだろう」と考えて始めると、多くの場合そのまま止まります。
止まる会社の始め方
- 全社に一斉配布し、使う業務は各自に任せる
- 推進担当をパソコンの得意さで選ぶ
- 自社の材料を渡さないまま使わせる
- 個人のアカウントのまま業務に使う
- 導入前の所要時間を測っていない
回り出す会社の始め方
- 1業務・数名に絞り、対象業務を先に決める
- 推進担当はその業務の経験者
- 材料を1か所に集めてから使わせる
- 法人契約と入力ルールを先に決める
- 件数と時間を導入前から記録している
以下、実際によく見かける5つを挙げます。ご自身の会社に当てはまるものがないか、確認しながら読んでみてください。
パターン1:全社に一斉配布して、使う業務を決めていない
まず挙がるのがこれです。経営判断としてAI活用を決め、全社員分のアカウントを契約し、「使ってみてください」と案内する。一見すると前向きな進め方ですが、使い道が決まっていないと、各自が思いついたことを試して、思ったほどではないと判断して終わります。
生成AIは何でも答えてくれるように見えるぶん、目的がないと「試しに雑談してみた」で終わりやすい道具です。しかも一斉配布は、誰が使っていないのかが見えません。導入から3ヶ月の時点で経営側が利用状況を見て「やはり時期尚早だった」と結論づけてしまうことがあります。
対策は、範囲を絞って始めることです。最初は1業務・数名で構いません。次の3条件を満たす業務を選ぶと、成果が見えやすくなります。
- 週1回以上の頻度で発生する。月1回しか発生しない業務だと、次の機会が来るころには手順を忘れていて、毎回ゼロからやり直しになります。
- 毎回の完成形(アウトプット)がだいたい決まっている。完成形が決まっているほど指示文を固定しやすく、2件目以降で一気に速くなります。
- 間違いが社外に出る前に気づける。担当者が目を通してから外に出す業務なら、試している段階で事故になりません。
不動産会社であれば、マイソクなど物件資料の作成、入居者・オーナーからの問い合わせ返信の下書き、提案資料の骨子づくりあたりが当てはまりやすい業務です。どれから始めても構いません。1つに決めてやりきることのほうが重要です。
パターン2:担当者をパソコンの得意さで選んでいる
見落とされやすいのが人選です。「若手でパソコンに詳しいから」という理由で推進担当を決めてしまうケースですが、これはうまくいかないことが多いです。
理由は単純で、AIが出したものが使える水準かどうかを判定できないと、型が固まらないからです。物件資料の下書きが出てきたとき、この表現は社外に出せない、この項目は順番が違う、と判断できるのは、その業務を実際にやってきた人だけです。操作そのものは短時間で身につきますが、業務の判断力は代わりがききません。
逆に、実務経験者を担当にすると「自分はパソコンが苦手だから」と辞退されることがあります。ここは会社として、覚えるのは操作ではなく指示の出し方であることを説明して引き受けてもらってください。生成AIへの指示は日本語の文章です。プログラミングの知識は要りません。
人選でよくある3つの誤り
- 「詳しい人」を1人だけ指名して丸投げする。その人が忙しくなった時点で全体が止まります。
- 役員だけで進める。日々の実務を持っていないと、材料も判断基準も出てきません。
- 外部の支援者に決めさせる。どの業務が重いかを知っているのは社内の人です。外部にできるのは進め方の設計までです。
パターン3:自社の材料を渡さないまま使わせている
「使ってみたけれど、一般論しか返ってこない」という声もよく聞きます。これはAIの性能の問題ではなく、自社固有の情報を渡していないことが原因です。
物件の提案資料を例にとります。自社が何を根拠に価格を出しているか、どの実績をどの順番で見せているか、どの表現は使わないと決めているか——こうした判断材料は、担当者ごとの手元にばらばらに置かれているのが普通です。渡していない情報についてAIは答えようがありませんから、どこかで見たような一般的な文章が返ってきます。担当者は数回試したところで「うちには合わない」と結論づけ、それきりになります。
対策は、業務ごとに材料を1か所に集めることです。地味な作業ですが、ここが導入の山場です。やってみると集めきれない項目が必ず出てきますが、それは裏を返せば、その業務がその人にしか回せない状態だったという証拠でもあります。
たとえばマイソク(物件の概要を1枚にまとめた販売図面)の作成なら、そろえるのは次のようなものです。
ここまでそろえて渡すと、返ってくるものが「どこかで見た物件紹介文」から「自社の体裁の下書き」に変わります。AIそのものは何も変えていません。変えたのは渡した材料だけです。
そのうえで、指示文は毎回考えるのではなく固定して使い回します。役割の指定・材料・出す形の指定・歯止めの4つで組み立てるのが基本形で、そのまま使える文例は不動産会社のAI内製化の進め方に載せています。
この4つのうち、導入初期にいちばん抜けやすいのが最後の歯止めです。「材料に書かれていない数字や実績は書かないこと。分からない項目は『材料に記載なし』と書くこと」と一文添えておくだけで、AIが空欄をそれらしい内容で埋めてしまう事故を防げます。埋まらなかった箇所はそのまま残るので、人が確認すべき場所が一目で分かります。面積や賃料のように、間違いがそのまま取引の説明に響く項目では特に効きます。
自社の材料をどこまでそろえればよいか、貴社の実務を伺いながら一緒に整理します。
30分無料相談を予約 →パターン4:個人のアカウントのまま業務に使っている
指摘されて初めて気づく会社が多いのがここです。担当者が個人で契約している無料プランや個人向けプランのまま、業務の情報を入力してしまっているケースがあります。
問題は2つあります。1つは、入力した内容がAIの学習に使われる設定のままになっている可能性があること。もう1つは、その担当者が辞めた時点で、指示文も履歴も会社に残らないことです。せっかく作った型が、退職と同時に消えます。
不動産の実務で扱う情報には、入居者の氏名、オーナーの連絡先、取引の条件といった、外に出てはいけないものが含まれます。始める前に、法人向けプランの契約、入力内容を学習に使わせない設定(オプトアウト)、何を入力してよく、何は伏せるのかという社内ルール、そして業務用のアカウントは会社のメールアドレスで作ることの4点を決めてください。最後の1点を守っておけば、担当者が代わっても指示文と履歴は会社に残ります。なお全社員分を一度に契約する必要はありません。まずはその業務に毎日触る3〜5人分から始めれば十分です。設定の場所はサービスごとに違うので、生成AIのセキュリティ対策の記事で画面ごとに整理しています。
あわせて、AIに決めさせてはいけない範囲もここで線を引いておきます。契約条項の有効性のような法的な判断は弁護士の領域ですし、重要事項説明そのものは宅地建物取引士が行います。AIが担えるのは下書きまでで、最終的な判断と説明は有資格者・専門家が行う——この線引きを社内で共有しておくと、後々のトラブルを避けられます。
パターン5:導入前の時間を測っていない
最後は、効果が説明できなくなるパターンです。導入して数ヶ月経ってから「で、実際どれくらい効果が出たのか」と聞かれ、答えられない。感覚では速くなっている気がするけれど、数字がない。こうなると社内で継続の判断ができません。
対策は簡単で、始める前に、対象業務の1件あたりの所要時間を測っておくことです。必要なのは件数と時間の2つだけです。5件ほどの平均を出しておけば十分で、ストップウォッチで厳密に測る必要もありません。
目安として当社が想定している削減幅は、提案資料のように形が決まっていて材料をそろえられる業務で1件あたり60〜90%、賃貸管理の問い合わせ対応で50〜70%です。業務内容によって差がありますし、これは材料をそろえて型を固定した後の水準で、初日から出る数字ではありません。
ここも社内に先に説明しておいてください。型を作っている間は、その分だけむしろ時間が増えます。この山を越える前に「かえって手間が増えた」と判断されると、そこで止まります。増えることを織り込んだうえで始めるかどうかが、続くかどうかの分かれ目になります。
つまずきと打ち手の対応表
5つのパターンを裏返すと、それぞれに対して先に打っておける手が決まります。読み終えたらこの表だけ持ち帰ってください。
並べてみると分かるとおり、5つとも、アカウントを配るより前に手を打てることです。配った日が導入の開始日ではなく、対象業務と担当者とルールが決まった日が開始日だと考えてください。
そのうえで、実際に型ができるまでの段取り——業務を絞り、材料と指示文を社内に残し、担当者を代えて同じものが出るか確かめるまで——は、不動産会社のAI内製化の進め方で工程として詳しく扱っています。特に最後の「担当者を代えて試す」は飛ばされがちですが、ここを省くと、うまくいったように見えて実際には担当者1人への属人化(その人がいないと回らない状態)が起きています。
型づくりを研修の形で外部に頼む場合は、その場で自社の実物を題材にして型を1つ完成させる内容かどうかを先に確認してください。汎用のサンプルで操作をなぞるだけの内容だと、5つのつまずきのうち3番目(材料不足)が手つかずのまま残ります。研修をどう組むかはChatGPT研修ワークショップの進め方で扱っています。
まとめ:導入の成否は、始める前にほぼ決まっている
5つのつまずきを振り返ると、いずれも導入した後ではなく、始める前の設計で決まっていることがわかります。どのツールを選ぶかより、どの業務を、誰が、どんな材料で、どう情報を守りながら、何を基準に測って進めるかのほうが、結果への影響がはるかに大きいということです。
逆に言えば、この5点さえ先に押さえておけば、特別なシステム投資をしなくても導入は前に進みます。まずは対象業務を1つ決めて、現状の所要時間を測るところから始めてみてください。それだけで、3ヶ月後に「効果があったのか分からない」と悩む状態は避けられます。
どの業務でどこまでできるのかを先に知りたい方は不動産業のAI活用事例まとめを、当社の支援の進め方は不動産会社向けAI導入支援のページをご覧ください。
よくあるご質問
不動産会社のAI導入で、いちばん多い失敗は何ですか?
全社に一斉にアカウントを配り、どの業務で使うかを決めないまま始めてしまうことです。使い道が決まっていないと、各自が試して「思ったほどではない」と判断して終わります。最初は1業務・数名に絞り、そこで型ができてから広げるほうが結果的に速く進みます。
AI推進の担当者は誰にすればいいですか?
パソコンに詳しい人ではなく、その業務の正解を判断できる実務経験者です。AIが出したものが使える水準かどうかを判定できないと、型が固まりません。操作そのものは短時間で身につきますが、業務の判断力は代わりがききません。
AIに聞いても一般論しか返ってこないのはなぜですか?
自社固有の情報を渡していないからです。物件の掲載項目、表記のルール、料金の考え方、過去の実績といった材料を渡さなければ、AIは一般的な内容しか答えられません。材料を1か所に集めて一緒に渡すだけで、出てくるものの質は大きく変わります。
無料プランのまま業務で使ってはいけないのですか?
自社や取引先の情報を入力するのであれば避けてください。法人向けプランの契約と、入力内容を学習に使わせない設定(オプトアウト)が前提になります。個人のアカウントで業務を進めると、退職時に指示文も履歴も会社に残りません。
効果はどうやって測ればいいですか?
導入前に、対象業務の1件あたりの所要時間を測っておくことです。導入後にしか測っていないと、速くなったかどうかを社内に説明できません。件数と時間という2つの数字だけで十分です。
効果はどれくらいの期間で出ますか?
型を作っている間は、材料を集めて指示文を整える分だけ時間が増えます。効果が見えるのは型が固まった後です。この順番を先に社内へ説明しておかないと、増えた時点で止まってしまいます。
中小の不動産会社でもAI導入は進められますか?
進められます。むしろ関係者が少ないぶん、1業務に絞って型を作るまでが速いことが多いです。必要なのは専任のIT担当者ではなく、その業務を実際にやっている人が型づくりに時間を使えることです。
研修を受ければ導入は進みますか?
操作を習うだけの研修では進みません。研修の中で自社の実物を題材にして型を1つ作りきり、それを社内の共有フォルダに残すところまで設計されていれば、翌週から使われる状態になります。
AIに任せてはいけない業務はありますか?
あります。契約条項の有効性の判断など法的な判断、宅地建物取引士による重要事項説明のように資格が必要な業務は、AIに決めさせてはいけません。AIが担えるのは下書きまでで、最終的な判断と説明は有資格者・専門家が行います。