「AIを入れたが、結局ほとんど使われていない」——不動産会社の経営者から、この相談を受ける機会が増えました。話を伺うと、ツールの契約は済んでいて、社員向けの説明会も一度はやっている。それでも日々の業務は以前のままで、資料の制作は今までどおり外注に出している、という状態です。
本記事では、この状態から抜け出してAI活用を自社で回せるようにする(内製化する)ための進め方を整理します。ここでいう内製化はシステム開発のことではありません。自社の担当者が、自社の材料を使って、必要なときに自分でAIに作業をさせられる状態にすることを指します。
内製化が進まないのは、覚えが悪いからではない
使われない理由を「社員がAIに慣れていないから」と説明されることがありますが、現場を見ると原因はもっと手前にあります。AIに渡すべき材料が社内のどこにもそろっていないことがほとんどです。
たとえば物件の提案資料を作らせようとしても、自社の過去の勝ちパターン、料金の考え方、よく使う実績の数字が、それぞれ別の担当者のパソコンの中にあります。AIは、渡していない自社固有の情報については答えようがありませんから、一般論しか出せません。担当者は「使えない」と判断し、翌週にはもう開かれなくなりがちです。
もうひとつは、うまくいった指示文が個人の中に閉じていることです。誰か1人がコツをつかんでも、その指示文はチャットの履歴に埋もれ、他の人には伝わりません。その状態は内製化ではなく、担当者1人への属人化です。本人が休めば止まります。
定着しない会社で起きていること
- ツールは配ったが、材料は各自の手元のまま
- うまくいった指示文が共有されない
- 誰の業務なのかが決まっていない
- 成果を「時短できたか」で測れていない
内製化できている会社の状態
- 業務ごとに材料が1か所にまとまっている
- 指示文の型が共有フォルダにある
- その業務の担当者がはっきりしている
- 1件あたりの時間を測っていて、短くなったと言える
つまり内製化の作業とは、AIの使い方を覚えることではなく、業務の中身を、担当者の頭の中から社内で共有できる形に書き出すことです。この順番を逆にすると、何度研修をやっても現場は変わりません。
ステップ1:内製化する業務を1つに絞る
1
業務を1つに絞る
頻度が高く、出す形が毎回だいたい同じで、間違いが社外に出る前に気づける業務を選ぶ。
経営者・管理職が決める
2
材料と指示文を社内に残す
必要な情報を1か所に集め、指示文を文書にして共有フォルダに置く。
実務担当者がまとめる
3
担当者を代えて試す
作った本人以外が同じ手順で同じ品質のものを出せるかを確認する。
別の担当者が検証
最初につまずくのは、範囲を広げすぎることです。「全社でAIを使えるようにする」と決めると、何から手を付けるかで議論が止まります。まずは1業務です。次の3条件で選んでください。
- 週1回以上の頻度で発生する。月1回の業務では、型を作っても次に使うころには忘れています。
- 出す形(アウトプット)が毎回だいたい同じ。形が決まっているほど型にしやすく、2件目以降が速くなります。
- 間違いが社外に出る前に気づける。担当者が目視で確認してから出す業務であれば、試す段階のリスクを抑えられます。
不動産会社であれば、この3条件を満たしやすいのは次のあたりです。
- マイソクなど物件資料の作成(マイソクの自動作成をAIで実現する方法)
- 入居者・オーナーからの問い合わせ返信の下書き(賃貸管理の問い合わせ対応をAIで効率化する方法)
- 提案資料の骨子づくり(不動産の提案書をAIで作る方法)
- 物件の販売ページ(物件LPの作成をAIで内製する方法)
どれを選んでも構いません。重要なのは1つに決めて、そこだけをやりきることです。1つ型ができると、社内で「こういうことか」という共通理解ができ、2業務目からは驚くほど速く進みます。
効果は、型が固まった後に出る
選んだ業務について、現在1件あたり何分かかっているかを先に測っておきます。提案資料や物件資料のように、形が決まっていて材料をそろえられる業務では、作成時間が大きく短くなった例があります。問い合わせの返信でも、1件あたりの対応時間が短くなった例があります。いずれも当社が支援した現場での話で、業務内容により差があります。ただしこれは材料をそろえて型を固定した後の話であり、初日から出る効果ではありません。最初の1〜2週間は、型を作る分だけむしろ時間が増えます。ここを社内に説明しておかないと、途中で止まります。
自社のどの業務から内製化すべきか、実務を伺いながら一緒に選びます。
30分無料相談を予約 →ステップ2:材料と指示文を、社内に残る形にする
ここが内製化の中心です。やることは2つだけで、材料を1か所に集めることと、指示文を文書にすることです。
材料とは、その業務でAIに渡す必要のある自社の情報です。物件資料であれば掲載項目の一覧と表記ルール、提案資料であれば料金の考え方と実績の数字、問い合わせ返信であれば物件ごとの設備一覧と連絡先。どれも社内のどこかには存在していますが、担当者の頭の中や個人フォルダに散っています。これを業務ごとに1か所へ集めます。
この作業自体が、実は内製化の大半です。集めきれない情報があるということは、その業務がその人にしかできない状態だったということでもあります。集める過程で、引き継ぎ資料が同時にできあがります。
指示文は、毎回考えるものではなく固定して使い回すものです。次の4つの要素で書くと、誰が使っても結果が安定します。
最後の「歯止め」は必ず入れてください。これがないと、AIは足りない部分を一般論やそれらしい数字で埋めてしまいます。歯止めを入れておけば、埋まらなかった箇所が「記載なし」として残るので、人が確認すべき場所がそのまま浮かび上がります。
できあがった指示文は、個人のチャット履歴ではなく共有フォルダに文書として置きます。ここを飛ばすと、担当者が代わった瞬間にゼロに戻ります。
個人情報と社内ルールを先に決める
材料には、入居者の氏名や取引先の情報が混ざりがちです。内製化を始める前に、何を入力してよく、何は伏せるのかを会社として決めてください。法人向けプランの利用と、入力したデータを学習に使わせない設定(オプトアウト)の実施が基本になります。具体的な設定箇所は生成AIのセキュリティ対策で解説しています。
ステップ3:担当者を代えて、同じものが出るか試す
型ができたら、作った本人以外の担当者に、同じ手順で試してもらいます。ここで同じ品質のものが出れば内製化は成立しています。出なければ、材料か指示文のどこかに、まだ本人の頭の中にしかない前提が残っています。
検証で見るのは、次の3点です。
- 共有フォルダの材料と指示文だけで、手順を再現できたか
- 出てきたものを、そのまま次の工程に回せる水準か
- 1件あたりの所要時間が、ステップ1で測った時間より短くなったか
この確認を2〜3件分繰り返すと、型が実務で使えるかどうかがはっきりします。逆にここを飛ばして「うまくいった」と判断すると、数ヶ月後に「あの人しか使えない」という元の状態に戻ります。
なお、社内での型づくりを研修の形で進める場合は、研修の中で自社の実物を題材にして型を1つ作りきる設計にしてください。操作を習うだけの研修は、終わった翌週から使われなくなります。この設計の考え方はChatGPT研修ワークショップの進め方にまとめています。
外注に任せ続けるべき範囲
内製化は「全部を自社でやること」ではありません。次の範囲は外注のままが妥当です。
内製化しないほうがよい4つの領域
- 法的な判断が必要な領域。契約条項の有効性や請求に応じる義務の有無は弁護士の領域です。AIに決めさせず、最終的な判断は必ず専門家に仰いでください。
- 資格が必要な業務。重要事項説明そのものは宅地建物取引士が行います。AIが作れるのは説明の下書きまでです。
- 頻度が低く、型が作れない一点もの。年1回の制作物は、型を作る手間が回収できません。
- 社内で品質を判定できない領域。出てきたものの良し悪しを判断できる人がいない業務は、内製化しても品質が落ちるだけです。
逆に言えば、頻度が高く、社内に判断できる人がいる業務は内製化の対象です。不動産会社の日常業務の多くはここに入ります。外注費そのものより、依頼してから納品までの待ち時間のほうが痛い、という声もよく聞きます。
まとめ:内製化のゴールは「型が会社に残る」こと
AI活用の内製化で本当に価値があるのは、作業が速くなることではありません。ベテランの頭の中にしかなかった段取りが、材料と指示文という形で会社に残ることです。残った型は新人教育の教材になり、担当者が代わっても出せるものの水準が揃います。
進め方をもう一度整理すると、①業務を1つに絞る、②材料と指示文を社内に残す、③担当者を代えて同じものが出るか試す——この3つです。まずは1業務、半日から始めてみてください。
不動産の実務ごとの具体的な手順は不動産業のAI活用事例まとめに、支援の内容は不動産会社向けAI導入支援のページにまとめています。
よくあるご質問
AI活用の内製化とは、具体的に何ができている状態ですか?
自社の担当者が、自社の材料を使って、必要なときに自分でAIに作業をさせられる状態です。ツールを契約したかどうかではなく、指示文の型と材料が社内にそろっていて、担当者が代わっても同じ品質のものが出せるかどうかで判断してください。
どの業務から内製化すればいいですか?
「週1回以上の頻度で発生する」「出す形が毎回だいたい同じ」「間違いが社外に出る前に気づける」の3つを満たす業務からです。不動産会社では、マイソクなどの物件資料、問い合わせ返信の下書き、提案資料の骨子づくりがこの条件に当てはまりやすい業務です。
社内にエンジニアがいなくても内製化できますか?
できます。ここでいう内製化はシステム開発ではなく、ChatGPTやClaudeといった生成AIに渡す指示文と材料を社内で整えることを指します。必要なのはプログラミングの知識ではなく、その業務の正解を知っている実務経験者です。
外注に任せ続けたほうがよい範囲はありますか?
あります。法的な判断、資格が必要な業務、頻度が低く型が作れない一点ものの制作、社内で品質を判定できない領域は外注のままが妥当です。内製化は「全部を自社でやること」ではなく、繰り返す作業を自社に寄せることです。
研修を受けただけでは内製化できないのはなぜですか?
研修で学ぶのは操作と考え方で、内製化に必要なのは自社の材料と指示文の型だからです。研修の中で自社の実物を題材にして型を1つ作りきり、それを社内で共有できる場所に置くところまでやると、受けて終わりになりません。
担当者は誰にすべきですか?
その業務を実際にやっている人です。出てきたものが使えるかどうかを判定できる人でないと型が固まりません。若手やパソコンに詳しい人を選びがちですが、判断できる実務経験のほうが重要です。
内製化にどれくらい時間がかかりますか?
業務を1つに絞れば、型づくりは半日から数日で形になります。時間がかかるのは型づくりではなく、それを社内に定着させる部分です。2件目・3件目を同じ型で回して、担当者が代わっても出せることを確かめる期間として1〜2ヶ月を見ておくと現実的です。
内製化が進んでいるかは、何で確認できますか?
作った本人が休んでも同じものが出せるかで確認できます。指示文と材料が個人のパソコンやチャット履歴の中にしかない状態は、内製化ではなく属人化です。共有フォルダに置いて、別の担当者に同じ手順で試してもらってください。
内製化にお金はどれくらいかかりますか?
新しいシステムを開発する必要はありません。かかるのは、材料を集めて指示文を書く社内の工数が中心です。ただし自社の情報をAIに渡す以上、法人向けプランの契約と、入力内容を学習に使わせない設定は前提になります。個人向けの無料プランのままでは始められません。